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井本勝幸の経歴が凄い!ビルマの内戦を止めた男の正体はゼロファイター?

2016/12/12

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世界でも有数の他民族国家ミャンマー。

ミャンマーを今でも“ビルマ”と呼ぶ人も

多いと思いますが。

 

ミャンマーでは多数の少数民族同士の争いが

絶えず、60年以上にわたる“内戦状態”

 

この内戦が続く危険な紛争地に

たった一人で赴き、部族間の内戦を止めたのが

井本勝幸さんなのです。

 

またの名を“ゼロファイター”とも。

 

今回は、まだ井本勝幸さんの名前を知らない...

そんな方に彼の功績や経歴をご紹介します。

 

おそらく、“こんな日本人がいた”ことに

驚かれるでしょう。


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ゼロファイターって一体なに?

井本勝幸またの名を“ゼロファイター”

何やらめちゃくちゃ格好良い名前です。

 

ゼロファイター・・・

それは“金無し、武器無し”おまけに

自身が僧侶であった身分や地位も捨て裸一貫で

超が付く程の危険地帯に飛び込んだからです。

 

そう、井本勝幸さんはお坊さんなのです。

まずは井本勝幸さんのプロフィールを

 

名 前:井本勝幸(いもと かつゆき)

生年月日:1964年

年 齢:51歳

出身地:福岡県福岡市

高 校:福岡県立筑紫丘高校

大 学:東京農業大学/立正大学

職 業;福岡県「四恩山・報恩寺」副住職

現 在:統一民族連邦評議会コンサルタント/
    東アジア・ビルマ事務所所長/
    タイ・日教育開発財団農業センター長
    (タイ政府認可)
    れんげ国際ボランティア会」理事

 

福岡県で寺院の副住職だった井本勝幸さんが

内戦状態の続くミャンマーへ和平支援の為に

危険な少数民族地域に単身飛び込んだのは

2011年1月のこと。

 

大学生の頃より各国の難民支援に関わった

経験を生かして、各勢力の指導者たちと

話し合いを。

 

ミャンマーはキリスト教徒やイスラム教徒が

多くいる国。

 

当初、部族の指導者から「仏教徒のお前の

いう事を何で聞かなければいけないのか」

「お前は何者だ」

「俺たちは仏教徒ではない」...と。

 

そこで井本勝幸さんはお坊さんの服である

“法衣”を脱ぎ捨、その法衣をタイのお寺に

預けることに。

 

“夢がかなうまで”と。


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ブラックリストの登録者!?

裸一貫のただの日本人としてミャンマーで

活動する井本勝幸さんはミャンマーには

正規入国できない身。

 

当時のミャンマーは軍事政権下にあり

外国人は一切、入国できない状態。

たとえボランティアであっても。

 

ミャンマーを襲った台風の被害支援のため

入国したところ、“あやしい坊さんがいる”

調べられてカバンから出たのがパスポート。

 

そうです。

日本のパスポートだったのです。

強制送還と共に彼はブラックリスト入り

 

ただし、ただひとつ入国できる場所が

反政府少数民族武装勢力の占める地域。

 

その部族のリーダーに井本勝幸さんは

「本当のリーダーは住民のために働くのが

リーダーだ。部族間で争うのはおかしい。

共通の的は政府ではないのか」と。

 

ひとつにまとまり、軍政府と最終的に

和平のテーブルに付く事を提案するのです。

 

住民の為に何ができるのか?との問いかけに

農業を起こす事を決意。

 

日本から来るときに生命保険や預金を解約した

井本勝幸さんは自己資金だけで住民のために

汗を流します。

imotokatsuuki3出典:http://kaigi.asia/

 
その姿をみた武装勢力地域の住民からは

「あいつゼロになっても俺たちのために

がんばってくれている」と賞賛。

 

そこで住民達から付けられた名前が

“ビルマのゼロファイター”なのです。

 

その他の部族をすべて回り、

そこでも農業の支援に奔走。

そして全ての武装勢力の連合体の創設者に。

 

やがてミャンマー政府から呼び出され、

政府から告げられたのは、彼が行っていた

農業支援を政府の“認可事業”にする決定事項。

 

また、ミャンマー政府からは

武装勢力との和平交渉のテーブルに付く

約束を取り付けます。大きな前進です。

 

この話を反政府武装勢力のリーダー達に

報告すると皆、手放しで喜び彼を称賛。

 

井本勝幸さんの功績に感謝する部族の

リーダー達から彼に、ある“提案”が。

 

それは井本勝幸さんが考えてもいなかった

反政府武装勢力からの“恩返し”でした。

 

その恩返しの内容とは...!?


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旧日本兵の遺骨収集へ

第二次大戦でビルマ(ミャンマー)は当時、

激しい戦闘が繰り広げられた激戦地。

 

日本人が国の為に散って行った当時のビルマは

戦没者が18万人以上とも。

 

今も日本に帰る事ができない日本兵の遺骨も

4万5千柱以上あると言われています。

 

先の大戦からかなりの時が流れている事から

遺骨の場所の特定は無理では?

そういう声も多くあったようです。

 

しかし、少数民族の長老達は知っています。

どこに日本軍の基地があったのか。

どこに野戦病院があったのか。

 

野戦病院の近くには必ず埋葬場所がある...と。

 

その遺骨の調査に強力するということが
 
井本勝幸さんへの“恩返し”だったのです。

 
そんな部族の長老たちの支援もあり一気に

日本兵のご遺骨の場所を数百、数千と特定。

 

日本へは今年3月、戦後70年以上の時を超え、

激戦区であったビルマ(現ミャンマー)から

ご遺骨10柱が帰還されました。

imotokatsuuki7出典:http://kaigi.asia/

 
現在も遺骨の場所を特定するために

奔走する井本勝幸さんと現地の仲間達。

 

同時にミャンマーでの農業支援のために

農業学校を4校作り、その校長先生に。

 

ある時は武装勢力のリーダーとして、

また、ある時はお坊さんとしてと、

いくつもの顔を持つ井本勝幸さん。

 

最近ではタイとミャンマーに会社を設立。

農産物と加工品の会社です。

 

そしてタイに今夏、ラーメン店もオープン。

店では日本のみそラーメンや塩ラーメン、等

日本食を多く揃えた店です。

imotokatsuuki5出典:http://karihaha.exblog.jp/25972764/

imotokatsuuki6出典:http://karihaha.exblog.jp/25972764/


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産業育成が着地点

井本勝幸さんの最終目的は産業の育成。

今後、内戦によって国内外に散らばった

多くの難民がミャンマーに戻るでしょう。

 

その難民のために“仕事”を用意することが

井本勝幸さん自身、使命と考えています。

 

 

ミャンマーにたった一人で平和をもたらし、

難民支援の為に命をかけ、また日本兵が眠る

ご遺骨の帰還事業を行う井本勝幸さん。

 

かつて、これほどの日本人がいたでしょうか?

同じ時代を生きる者として誇らしい限りです。

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う〜ん。

国民栄誉賞ノーベル平和賞の最有力では?

貰って当然の功績ではないでしょうか。


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