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森本喜久男の家族や経歴プロフィールは?カンボジアのクメール織物って?

 

今回の記事は日本にとどまらず

世界の伝統文化を守り続ける一人の

男性の数奇な物語。

 

重度の病に侵され、

余命5年の宣告を受けながらも

カンボジアクメール織物に魅せられ、

絶滅に瀕していた伝統を守り続ける男。

morimotokikuo3出典:http://ameblo.jp/sudan0312/entry-11672582184.html

 

彼の名は森本喜久男氏。

 

彼は何故、クメール織物に魅せられたのか?

何故クメール織物は絶滅に瀕していたのか?

また、余命宣告を受けている病とは?

 

多額の私財をなげうってまでカンボジアで

伝統文化のクメール織物を守り続ける

そのクメール織物と魅力は一体、何なのか?

 

日本では相も変わらず

森友が〜

森友が〜

と、連呼して国会を空転させている野党達。

 

もうね、後は週刊誌に任せなさい...と。

多くの国民はもう、飽き飽きです。

あなた達の仕事は他にもあるでしょう?

 

そんな国会をよそに命を削りながらも

世界の伝統文化を守る為に日々奮闘している

人がいる事を知ってほしいものです。


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クメールとの出会いは難民キャンプ

森本喜久男氏が伝統工芸のクメール織物に

出会ったのは30歳始めの頃。

カンボジアの難民キャンプを訪れた時です。

 

彼は、アンコールワット遺跡で

世界的にも名高いカンボジア・

シェムリアップ近郊の村で1枚の織物に触れ、

その芸術性と美しさに魅了される事に。

 

それは、豊かな村の自然から得られる

天然の染料を使い、悠久の歴史と共に

長年引き継がれてきた伝統織物。

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出典:http://skapit.exblog.jp/22293371/

 

その織物は“世界最高峰”とも呼ばれる

カンボジアが世界に誇る伝統工芸です。

 

しかし、長く続いていた内戦により、

疲弊していたカンボジアでは

その伝統工芸を引き継ぐ担い手が少なく、

絶滅の危機に瀕していたのです。

 

カンボジア伝統のクメール織物の復興に

人生をかけるべく森本喜久男氏は

当時は荒れ野原だった土地を開墾。

 

そこでは井戸を掘り、畑を耕し、野菜や桑、

綿花を栽培。また、染色の素材となる植樹、

養蚕を行います。

 

無数の地雷に埋め尽くされた土地の開墾は

想像を絶する作業だったのでは?と。

 

そして養蚕から染め、織りまでの手作業を

村の人々だけで出来るようにしました。

森本喜久男氏の苦労が実った瞬間です。

morimotokikuo2出典:https://mainichi.jp/graphs/20170406/hrc/00m/200/001000g/3

彼の功績への賞賛はカンボジアだけでなく、

海外からも“奇跡”として讃えられます。

 

そんなカンボジア国内外から注目を浴びる

森本喜久男氏の経歴プロフィールをご紹介。

 

名 前:森本喜久男(もりもと きくお)

誕生年:1948年

年 齢:68歳

出身地:京都府

 

1971年:京都の手描き友禅工房に弟子入り

1974年:レイデザイン研究所テキスタイル
デザイン科卒業

1975年:独立して手描き友禅工房
(森本染芸)を主宰

 

その後は手織物の調査、指導と海外を奔走。

2004年には「世界中の新規及び進行中の

独創的かつ革新的なプロジェクトを

実行している個人」に対して贈られる

ロレックス賞を受賞。

 

2010年のノロドム・シハモニ国王の訪日時に、

当時、民主党の鳩山首相との午餐会に

臨席する栄誉を。

 

2012年には大同生命地域研究特別賞や

2014年の外務大臣表彰、社会貢献賞と

多数の受賞歴も。

 

また、自身の著書活動や大学での講義など

その活動は多岐に渡っているようです。


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家族と余命5年の宣告

カンボジアに“村を作った”日本人として

賞賛を浴び続ける森本喜久男氏は

自身が20歳の時に結婚。

日本に彩香さんという娘さんがいるようです。

 

その愛娘と離れ、ひとりカンボジアで

日々奮闘し続ける森本喜久男氏に

突きつけられた余命宣告。

 

膀胱癌と診断され、痛みに耐えながらも

クメール織物に人生を掛け続ける彼には

今年がその5年目。

 

日本での治療に専念すれば

治癒したかもしれないのに・・・と。

 

自身の命より村の発展とクメール織物の

後継者育成のために村を離れるという

選択肢が彼にはなかったのかもしれません。

 

その選択肢が間違っていなかったことは

後の歴史が、村人達が証明するでしょう。

 

こんな日本人がいた事は私達の誇りです。

 

少しでも長生きして一人でも多くの

後継者を育てられる事を願うばかりです。

 

『情熱大陸』で放送される番組を

日本の政治家、とりわけ野党には

是非とも視聴してもらいたいものです。


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