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佐々木大輔(山岳スキーヤー)の冒険は命崖!挑むはデナリ大滑降!

2017/09/08

 

今回放送される『クレイジージャーニー

番宣では最大傾斜60度、最高時速100km…

世界の名峰を猛スピードで滑り降りる

決死のスキーヤーを大公開!

 

そのスキーヤーの名前は明かされていません。

が、しかし!

そんな無謀なスキーヤーと言えば...


出典:You Tube公式サイト

 

筆者の知る限り

佐々木大輔さんしかいないのでは、と。

sasakidaisuke2出典:BS1スペシャル公式サイト
 
今回の記事は命がけで険しい山岳地帯を

時速100km以上で滑り降りるスキーヤー

...というよりも頭のぶっ飛んだ冒険家、

 

佐々木大輔さんに注目。

彼の事を調べて行くうちに

おおっ!?

 

そうだったのか?と、

様々なことが分かってきました。


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憧れの冒険家は植村直己

日本が世界に誇る冒険家といえば・・・

珍獣ハンターとして世界を股に掛け、

過酷な山岳に挑戦し続ける

皆さんご存知のイモトアヤコ...

 

ではありません。m(_ _)m

残念ながら。

 

やはり日本人No.1の冒険家といえば

植村直己氏が筆頭に挙げられるでしょう。

 

世界の名だたる山での単独登頂や

アマゾン川での6,000km単独筏下り、

そして1970年には日本人初のエベレスト登頂。

 

同年8月にマッキンリー(デナリ)に

単独初登頂を成功させ、この時点で

世界初の五大陸最高峰登頂者となります。

 

その後も数々の冒険を成功させ

グリーンランドで3,000km犬ゾリ単独行、

北極圏では12,000kmにも及ぶ犬ゾリ単独行。

 

さらに1978年、犬ゾリ単独行で遂に

北極点に到達。

単独での北極点到達は世界初めての快挙。

 

植村直己氏は日本はおろか世界中の冒険家の

中心とも言える存在でした。

 

しかし、1984年の2月に世界初の試みで挑んだ

厳冬のマッキンリー冬期単独登頂の

成功を最後に行方不明に。

 

この日が植村直己氏の命日とされています。

植村直己氏の数々の功績が讃えられ、

同年4月に国民栄誉賞が授与されています。

 

そんな“偉大な冒険家”の著書

『青春を山に賭けて』を読みふけり、

植村直己氏に憧れを抱いた佐々木大輔さん。

 

この一冊が佐々木大輔さんを

山岳の世界に導いたのは必然だったのかも。


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ここで佐々木大輔さんの

経歴やプロフィールをご紹介。

sasakidaisuke3出典:http://guide-bankei.com/DaisukeSasaki2.html

名 前:佐々木大輔(ささき だいすけ)

生年月日:1977年1月31日

現年齢:40歳

出身地:青森県十和田市

高 校:札幌西陵高校

身 長:168cm

体 重:68kg

血液型:A型

婚姻歴:既婚

職 業:ビッグマウンテンスキーヤー/
    国際山岳ガイド/講師

 

奥様は元五輪選手で2002年のソルトレイクで

スノーボード・女子ハーフパイプ8位入賞の

天才スノーボーダー三宅陽子さんです。

sasakidaisuke4出典:日本オリンピック委員会公式サイトより
 
植村直己氏の1冊の本に感銘を受け、

“もっと山に登りたい”

その気持ちがますます強くなります。

 

その想いから中学2年生の時に

山岳ガイド専門のガイド会社ノマドへ。

 

ここで沢登りやクライミング、山スキーなどの

オールラウンドな登山技術を磨く事に。

 

また、スキーは札幌テイネにある

三浦雄一郎スキースクールで徹底的に学び、

やがてこのスクールのインストラクターを

務めるほどの腕前に。

 

高校卒業後は夏はノマドで山岳ガイドとして

冬は三浦雄一郎スキースクールで

インストラクターと1年中アウトドア漬け生活。

 

その佐々木大輔さんの“戦歴”を自身の

ホームページから引用しました。

1997年より総合滑走競技である
「ビッグマウンテン」に6年連続出場し、
2002年IFSA アラスカ世界大会初出場。

2003年大会中最も過激な滑りをした
スキーヤーに送る「SICKBIRD」において
日本人初のチャンピオン。
同年アラスカで行なわれた
「AKフリーライドチャンピオンシップ」
でも日本人初の優勝。

2002 IFSAワールドツアーカナダ大会8位

2002 IFSAワールドツアーUS大会
シックバードノミネート(日本人初)

2003 IFSAワールドツアーカナダ大会9位

2003 IFSAワールドツアーアーカナダ大会
シックバード優勝(日本人初)

2003 IFSA総合ランキング18位

2003 アラスカフリーライド
チャンピオンシップ優勝(日本人初)

2007 カナディアンフリースキー15位

2012 日本人として初めて
スキーベースジャンプに成功

2013 富士山お鉢において
スキーベースジャンプに成功

2015 白馬代掻き馬での
スキーベースジャンプに成功

 

世界一危険なスポーツと言われる
ベースジャンプとスキーの融合目指すべく、

スキーの可能性を表現し、スキーを真の
メジャースポーツにするために活動中。


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デナリ大滑降~究極の山岳スキー

仕事として山岳ガイドを続けるために

山岳ガイドの最高峰である国際山岳ガイドの

資格取得のためヨーロッパのアルプスへ渡航。

 

資格取得後は第51次南極観測隊での

フィールドアシスタントとして

安全確保のため、隊員たちをサポート。

 

その滞在期間は5ヶ月にも及び

山岳ガイドとして貴重な経験を積んだという。

 

そして挑むのは前人未到のデナリ大滑降

つい最近まで“マッキンリー”の呼び名だった

北米の最高峰が『デナリ』に名称変更。

sasakidaisuke5出典:http//.natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/090200241/
 
地元先住民の言葉でデナリの意味するものは

『偉大なもの』を指す言葉とか。

 

さて、この偉大な山ともいうべきデナリから

世界初の大滑降に挑む佐々木大輔さん。

 

世界でも有数の標高差を持つ南西壁の一角、

カシンリッジをスキー板を担いで登攀。

 

山頂の6190mからの大滑降は少しのミスが

悲惨な事故につながりかねません。

 

至る所に大きく口を開けたクレパスや

むき出しの岩肌、そしてアイスバーン、

常につきまとう雪崩の恐怖...

sasakidaisuke6

sasakidaisuke7
 
そして最大斜度は60度にもなる急斜面。

もう、急斜面というより上から見れば

垂直に近い感覚でしょう。

 

日本各地にあるスキー場の上級者コースでも

せいぜい35度くらいなのでは?

 

そんな崖から飛び降りるような感覚での

大滑降はまさに“命崖”のチャレンジ。

それも3000mの距離を滑り抜ける・・・

 

研ぎすまされた感覚とテクニック、

一瞬の気の緩みが命取りになる挑戦は

成功すれば世界初の快挙。

 

...というより、今迄世界中の誰も

試みようとしなかった無謀なチャレンジ。

 

佐々木大輔さんはこのように語ります。

“今までの人生が試されるような冒険”と。

 

その冒険のため、昨年の2016には

現地で入念な下調べも。

sasakidaisuke8

sasakidaisuke9出典:http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2016/08/0831.html
 
本番は今夏。

世界初の快挙達成まであと少し。

その快挙が達成されれば...

 

新たな冒険史の1ページを

佐々木大輔さんが開く事になるでしょう。

 

でもね、

故植村直己氏はこのように語っています。

 

「冒険とは生きて帰ること」と。

 

本当にその通りです。

人類史上類のない究極の大滑降。

 

多少の無茶をしても、無理だけはせず

元気に帰国してほしいものです。

 

この佐々木大輔さんに山岳ガイド頼みたい、

色々な話を聞きながら山の素晴らしさを

堪能してみたい...と。

 

そんな方には佐々木大輔さんの

ガイドサービスをご案内。

GUIDE BANKEI

 

最後に“総合滑走家”として佐々木大輔さんの

プロモーション映像『命崖』をご紹介。

迫力あるその映像は必見の価値アリです。


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